上がる事は良い事だ・・・だけど・・・

 先月25日、中央最低賃金審査会で今年度の地域別最低賃金金額改定の目安について答申が取りまとめられました。この目安を基に各県で地域別最低賃金が決定され、反映されて行きます。
 そして、その目安の金額はと言うと・・・どの地域(A・B・Cに地域が分けられています。)においても50円の引き上げとなっています。ちなみに・・・各県のランクは以下の様になっているようです。佐賀県は・・・Cランクの県となっています。

                                  厚生労働省『令和6年度地域別最低賃金金額改定の目安について』より

 と・・・労働者においては嬉しい最低賃金の目安の増額ですが、全体的にはどのような影響があるのでしょうか?少しだけ、見てみたいと思います。

①最低賃金とは?
②これまでの最低賃金の推移はどうなっているの?
③九州ではどんな感じになりそうなの?
④最低賃金増加で問題になりそうなことは?
⑤最低賃金上昇時に活用できそうな助成金ってあるの?

①最低賃金とは?

 最低賃金には今回目安が発表された『地域別最低賃金』と特定産業に定められる『特定最低賃金』の2種類があります。

 地域別最低賃金とは・・・労働者の生計費、労働者の賃金、事業所の賃金支払い能力を考慮し、7月ごろ中央最低賃金審査会で検討し、目安が発表されます。それを基に各県で調査審議し、各都道府県労働局長が地域別最低賃金金額を決定する流れになります。
 今回はその目安が発表され、どの地域においても50円となりました。全国加重平均では1004円から1054円へと地域別最低賃金が上昇したことになります。率にしてなんと5%・・・春闘に匹敵する数値ですね。特にアルバイトや短時間労働で働く方はかなり嬉しいのではないでしょうか?(私はお給料貰える身分ではなくなったので・・・実感が薄いですが・・・><;)

 それに対して特定最低賃金とは・・・産業によっては地域別最低賃金とは別に最低賃金が決められている産業があります。例えば・・・陶磁器・同関連製品製造業や電気機械器具製造関係などです。佐賀において令和5年度では、陶磁器・同関連製品製造業では901円、電気機械器具製造関係では943円、一般機械器具製造関係では974円となっています(令和5年の佐賀県地域別最低賃金は900円でした。)。
 この特定最低賃金は地域別最低賃金を下回る事はありませんので、必ず地域別最低賃金より高い金額となります。また、地域別最低賃金は10月からの適用(日付は地域によって若干ずれがあります。ちなみに去年の佐賀県は10月2日からの適用となりました。)となりますが、特定最低賃金は12月からの適用となっています。

②これまでの最低賃金の推移はどうなっているの?

 さて、今回の地域別最低賃金の上昇額は過去最高となりますが、これまではどのような推移で動いていたのでしょうか?平成27年からの推移を見てみると下の表のようになります。

2015年2016年2017年2018年2019年2020年2021年2022年2023年2024年
時給79882384887490190293096110041054
引上げ額1825252627128314350
前年度比2.31%3.13%3.04%3.07%3.09%0.11%3.10%3.33%4.48%4.98%

 こうやって見てみると・・・コロナ禍の2020年はほぼ上昇していませんが・・・10年間で約250円、率にして(2015年を基準として)32%も上昇していることが分かります。結構上がっているんだなぁ・・・。私が学生の頃はいくらだったっけかなぁ(遠い目・・・)。まぁ、岸田総理的には2030年代半ばまでには加重平均で1500円を目指すと言っているので・・・後10年程度で450円の上昇幅を目指すようです。過去10年間の上昇率(年率ではないけれども・・・)の32%を今年の1054円に掛けると1391円・・・。すこーしだけ届かないけど、コロナ禍みたいなのが無ければ・・・頑張れば達成可能な気もします。達成した場合、中小企業が生き残っていけるか・・・少し心配ではありますけど。

③九州ではどんな感じになりそうなの?

 では全国の・・・と言うと多すぎますので、九州の地域別最低賃金はどのように変わるのでしょうか?今回の中央最低賃金審査会の目安通り50円上昇したと仮定して、どうなるかを見てみましょう。

令和5年度令和6年度
福岡県941円991円
佐賀県900円950円
長崎県898円948円
熊本県898円948円
大分県899円949円
宮崎県897円947円
鹿児島県897円947円
沖縄県896円946円

 仮に・・・仮にではありますが、目安通りに最低賃金が上昇した(正式には各県で検証が行われた後の決定になりますが・・・。)場合、令和6年度の地域別最低賃金は上の表のようになります。
 やはり福岡県が頭一つ抜けている感じがしますが、それでも1000円に届かないのですね。なんか・・・大都会・九州の雄!?福岡県が全国加重平均に届かないなんてっ・・・変な気分です。
 それよりびっくりな事は佐賀県が福岡県の次に地域別最低賃金が高い事でしょうか。佐賀は田舎なイメージ(失礼なイメージだな・・・)がありますので、かなり意外ではあります。ただ、福岡県と近い地理的状況(特に私が住む鳥栖市の場合は・・・ちょっと歩けば福岡県に入れますし、佐賀市行くよりも久留米市の方が近いし、なんなら福岡市に出ちゃった方が早かったりもします。)の賜物かもしれませんね。あまり佐賀県の時給が安ければ、福岡県に働きに出ちゃいますもん。
 という事で、福岡県を除けば・・・大体950円ぐらいの地域別最低賃金になる予定なのですね。10月ごろに切り替わりますので、これ以下の時給でアルバイトさんやパートさんを雇用しているらっしゃる場合は、時給変更の準備(雇用契約書のの更新や時給アップに耐えられる体制づくりなど)を行っておく必要がありそうです。

④最低賃金増加で問題になりそうなことは?

 さて、働く側には良い事づくめの地域別最低賃金の上昇なのですが、ちょっとした問題も起こりそうな感じがします。1つは言わずもがな・・・人件費の上昇です。特に中小零細事業の場合は、この最低賃金の上昇は大きな問題です。価格への転換がしっかりとできるのであれば問題ないのですが・・・物価高でもあり、原材料価格の上昇も考えると、ダブルパンチとなる可能性が高い状況です。
 もう一つは以前にもブログで書かせていただいた106万円の壁、130万円の壁の問題です。地域別最低賃金が上がると言うとことは・・・同じ時間働いた場合、お給料は上がっちゃう(本来は嬉しい事ですが・・・)事になり、壁を突破してしまう限界労働時間の閾値が短くなってしまいます。これはこれで・・・人手不足の折、問題となってくるのではないかと思われます。

 これらの問題をもうちょっと見ていきたいと思います。

1.人件費増加の問題
 すべての労働者の方が地域別最低賃金で働いている訳ではないでしょうが・・・春闘での賃上げも5.1%と・・・ほぼほぼ5%だったことを考えると、今年は人件費だけでも約5%のコスト上昇が見込まれることになります。また、これは全員に当てはまる話ではないのですが、社会保険料(健康保険・厚生年金)は労使折半となっていますので、この分の人件費上昇も見込まれます。ざっくりですが、社会保険料の事業者折半分で15%程度の負担増となるのではないかと思われますので、実際の事業者負担は5.7%~5.8%(全員が社会保険に入っているという強引な仮定です。)程度になるのではないかと思われます。
 売り上げに対する人件費の比率・・・これは業種によって様々ではあろうと思うのですが、仮に30%と仮定した場合、今回の春闘・地域別最低賃金引き上げによって、この30%に対する5.75%ぐらいが上昇することになりますので、31.7%程度に人件費率が上昇することになります。という事は・・・今回の賃上げによって上昇した人件費を吸収するためには、1.7%の値上げをする必要があります。まぁ、この場合の人件費率は31.2%となり、賃上げ前の30%に落とすには5.6%の値上げが必要になります。仮に5.6%値上げができた場合は、残りは原材料上昇分や利益に繋がるのですが・・・。値上げがしやすい業種などはいいのですが、下請けで値上げしにくかったり、顧客離れが心配される業種だと、値上げもなかなか難しいですし、今の政府の感じだと・・・毎年この問題は起こりそうで、悩ましい事になりそうです。

2.社会保険料の壁問題
 今、主婦(主夫)の方で扶養の範囲を意識して働かれている方は106万円、130万円の壁を意識して働かれているのではないかと思います。時給が上がるのは嬉しい事なのですが、時給が上がると壁に到達するまでの労働時間が短くなるという問題があります。これは主婦(主夫)の方が『もっと働いてもいいよー』って思ってたとしても、どうしても壁の手前で調整してしまう事になります。人手不足の昨今において、主婦(主夫)の方の働く時間が減少することは事業主にとっては大きな痛手となる事は間違いありません。
 そこで、どの程度の時間短縮になるかを、佐賀県の地域別最低賃金で働いていると仮定して考えてみると・・・

・106万円の壁(月給8.8万円の壁)
時給900円(令和5年地域別最低賃金)の場合・・・
88000円÷900円=97.7時間(97時間)

時給950円(令和6年地域別最低賃金)の場合・・・
88000円÷950円=92.6時間(92時間)

・130万円の壁(月給10.8万円の壁)
時給900円(令和5年地域別最低賃金)の場合・・・
108000円÷900円=120.0時間(120時間)

時給950円(令和6年地域別最低賃金)の場合・・・
108000円÷950円=113.6時間(113時間)

となります。
 106万円の壁の場合、働ける時間が97時間から92時間へ5時間減少することになります。たかが5時間・・・とは考えられないだろうなぁ。週に1回ちょい1時間働く時間が減少、もしくは、1日5時間・週に4~5回働いてらっしゃる方だと1日労働時間が減少することになりますので、対象の方が1人とかだと大きな問題にならないかもしれませんが、パートの主婦(主夫)さんを主力として働いていただいている会社だと、かなりの痛手となりそうです。
 また、130万円の壁の場合は120時間から113時間へ7時間の労働時間減少となります。こちらも丸々1日分の労働時間が消滅してしまいますので、パートさんを主力としている事業の場合、かなりの痛手となるのではないかと思います。
 この時給アップによって130万円を超えてしまう場合、一時的な所得の上昇と言えない状況ですので、事業主の証明書があっても『年収の壁・支援強化パッケージ』での対応にはならなそうなので・・・痛い所ですね(恒常的な給料アップとなる為)。

 しかもこの問題は、時給が上がり続ける限り毎年起こりますので、特定適用事業所(106万円の壁の対象となる事業所)の適用条件も徐々に厳しくなっている現状(現在は従業員101人以上ですが、今年10月からは51人以上・・・将来的には5人以上になる事を検討中みたいです。)においては、どこかのタイミングで社会保険加入の推奨を行っていく必要があるかもしれませんね。

⑤最低賃金上昇時に活用できそうな助成金ってあるの?

 では、この働く人には嬉しく、事業主には悩ましい地域別最低賃金の上昇ですが、何かしら助成金を活用することはできないでしょうか・・・?これが結構あったりします。私が思いつく使えそうな助成金は・・・『業務改善助成金』、働き方改革推進支援助成金の『労働時間短縮・年休促進支援コース』、キャリアップ助成金の『賃金規定等改定コース』、同じくキャリアップ助成金の『社会保険適用時処遇改善コース』ぐらいでしょうか。まぁ、今回は助成金の紹介ではありませんので、軽く・・・かるーくだけ概要を書いてみたいと思います。条件等はここで書いている以外にかなり多くありますので、興味を持たれたら、リンク先の厚生労働省のページをご覧になってください。

1.業務改善助成金
 これは事業場内最低賃金の引き上げを行うと同時に、生産性向上に資する設備投資等を行った場合に助成される助成金となっています。ちなみに・・・事業場内最低賃金とは事業場でもっとも低い時間給の事を言います。時給アップ金額や現在の事業場内最低賃金金額、事業場規模によって助成率・助成上限額が変わりますが、設備投資額の9/10~3/4の金額(時給アップした人の人数・金額によって上限有)が助成されることになります。
 事業場内最低賃金上昇と共に何かしらの設備投資を考えている場合は、使える助成金制度ではないかと思います。興味がおありの方は下の厚生労働省のホームページをご覧になってくださいね。

厚生労働省HP『業務改善助成金』

2.労働時間短縮・年休促進支援コース
 これは働き方改革推進支援助成金の1コースで、労働時間(36協定の内容)短縮や年次有給休暇の有効活用を支援する助成金のコースとなっています。この中に賃金を3%以上上げる事を追加目標に加え、助成金の金額をあげる事ができます。
 この助成金がどのようなものかと言うと、労働能率の増進に資する設備機器などの導入を行い(コンサル等7種類ありますが、まぁ、設備投資が主でしょう。)、①月60時間を超える36協定(残業の免責協定)の時間外・休日労働時間数の削減、②年次有給休暇の計画的付与制度の導入、③時間単位の年次有給休暇の導入、かつ、特別休暇の導入を行うと助成金を受ける事ができます。
 と・・・基本的な要件は上記のようなものですが、それは置いておいて、今回は時給アップのお話ですので、この助成金に係る時給上昇要件としては3%以上の引き上げで最大300万円(常時使用する労働者数が30人以下で30人適用の場合)となっています。ただし、この金額が単に貰えるわけではなく、導入した設備投資の3/4ないし4/5の助成となりますので、購入した設備の一部金額が助成される形になります。まぁ、上限が上がるって感じですね。この辺は業務改善助成金に似ていますね。ちなみに業務改善助成金と併給可能となっていますので、複数の設備投資を考えている場合は費用負担がかなり楽になるのではないかと考えられますね。
 ちなみにこの予算額も決まっており、締め切りも11月29日までとなっていますので、助成を考えている場合は早めに動く必要がありそうですね。詳しくは下の厚生労働省のリンクをご覧になってくださいね。

厚生労働省HP『働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)』

3.賃金規定等改定コース
 これはキャリアアップ助成金の1コースとなっており、賃金規定等を改定し、有期雇用者等の賃金を3%以上増額した場合に助成される助成金となります。1事業所100人までとなっており、3%以上で1人当たり5万円(大企業3.3万円)、5%以上で6.5万円(大企業4.3万円)となっています。就業規則や賃金規定、賃金一覧表によって賃金額を定め、その金額上昇が3%以上である事を要件としています。また、ちょっとハードルは高いのですが、職務評価を実施し、それに伴い賃金を上昇させる場合は、追加の加算(中小企業20万円、大企業15万円)があります。
 ちなみにこの助成金は最低賃金法の効力が生じた日以降に賃金規定等を増額した場合・・・対象になりませんので、申請を考えられている場合は、早めに申請する必要がありますので、注意ですね。詳しくは下の厚生労働省のパンフレットをご覧になってくださいね。

厚生労働省HP『キャリアアップ助成金のご案内(令和6年度版)』

4.社会保険適用時処遇改善コース
 これもキャリアアップ助成金の1コースとなっています。これにおいては以前ブログに書いたことがありますが、新たに社会保険の被保険者適用を満たし、その被保険者となった場合に、賃金を増加させる取り組み(手当支給、賃上げ、労働時間延長)を行った場合、助成される助成金となります。まぁ、所定労働時間を延長した場合も助成対象なのですが、今回は最低賃金のお話なので、所定労働時間延長はあまり関係ないかなぁ。
 この助成金に関しては過去のブログのリンクを貼っておきますね。また、『賃金規定等改定コース』のリンクと被りますが、こちらにも詳しく書いてありますので、重複しますがリンクを貼っておきますね。

106万円の壁・130万円の壁?①
106万円の壁・130万円の壁?②
厚生労働省HP『キャリアアップ助成金のご案内(令和6年度版)』


 今回は地域別最低賃金の上昇目安について書いてまいりました。最低賃金が上がるのは働く身としてはうれしい事なのですが、事業主の皆様の負担上昇、また、社会の様々な事柄との軋轢がある事が分かります。まぁ、みんなが納得できる形で解消できれば良いのでしょうけど、この手の軋轢はどこかしら不具合が出るものだからなぁ・・・。事業主の皆様においては負担上昇を嘆いてもしょうがありませんので、気持ちよく賃上げを行い、従業員の方が笑顔で働ける職場を作っていきたいものですね。その時には上記助成金等を利用し、負担を軽減していく事も検討してみてもいいのではないかと思います。
 地域別最低賃金は10月初旬に変りますので、今のうちにしっかりと準備をしていきましょう!
 
 最後に、地域別最低賃金の目安や、上で書いた助成金のリンクを貼っておきますね。

厚生労働省HP『令和6年度地域別最低賃金金額改定の目安について』
厚生労働省HP『業務改善助成金』
厚生労働省HP『働き方改革推進支援助成金(労働時間短縮・年休促進支援コース)』
厚生労働省HP『キャリアアップ助成金のご案内(令和6年度版)』

今回も乱筆乱文、失礼しましたっ。